大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)172号 判決

東京都港区南青山5丁目1番10-1105号

原告

中松義郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

石田惟久

中村友之

関口博

井上元廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第18742号事件について、平成5年8月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

2  被告

主文と同旨の判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年4月28日、名称を「精神集中装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許庁に対し、特許出願(以下「本願」という。)をしたところ、平成4年8月7日、拒絶査定がなされたので、同年10月5日、この拒絶査定に対する審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成4年審判第18742号事件として審理の上、平成5年8月26日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年9月24日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲記載のとおり)

背当部に着脱自在の枠体に、顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁を設けた精神集中装置(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

実願昭59-132867号(実開昭61-48786号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「引用例」という。)には、操縦者の頭部をおおい視野を遮断するカウル6が記載されており、該カウルは、可動式支柱7により全体が昇降可能であり、かつ映像装置8及び音響装置9が設けられた、体感を模擬する遊戯用乗り物が記載されている(別紙図面2参照)。

(3)  対比

本願発明の「遮壁」は、引用例記載の発明の「カウル」に相当するから、両者は共に、顔面の側方及び上方の視野を遮ることによって精神を集中する装置であって本願発明は遮壁が背当部に着脱自在の枠体によって取り付けられているのに対し、引用例記載の発明は遮壁に相当するカウルが可動式支柱により一体的に取り付けられている点で構成が相違するものの、その他の点では、実質的に一致している。

(4)  相違点についての判断

椅子の背当部に挿入孔を有し、該挿入孔に着脱自在となして他の機能を有する物体を嵌合する技術手段は周知(例えば、実開昭60-19289号公報参照)であり、遮壁の背当部への取付け方法が、本願発明が枠体によるのに対して、引用例記載の発明は一体的である点で構成が相違するものの、両者間に係る構成の相違に基づく格別顕著な作用効果上の差異が認められないから、この構成の相違点は、上記周知技術の存在を勘案すれば、当業者が必要に応じて容易に推考し得る程度の単なる設計事項にすぎないものと認める。

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例記載の発明ならびに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないものである。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由中、(1)(本願発明の要旨)、(2)(引用例の記載)、(3)(対比)のうち、相違点の認定(但し、カウルが遮壁に相当するとの点を除く。)、(4)(相違点についての判断)のうち、周知技術の認定(但し、「他の機能を有する物体が遮蔽物である場合を除く。)は認め、その余は争う。

(2)  取消事由

〈1〉 一致点の誤認及び相違点の看過(取消事由1)

審決の、本願発明の「遮壁」は、引用例記載の発明の「カウル」に相当するとの認定は誤りである。

引用例(甲第6号証)の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載、考案の詳細な説明の項の各記載(2頁17行ないし3頁3行、3頁8行ないし11行、3頁16行ないし4頁3行、4頁19行ないし5頁7行、5頁17行ないし19行、6頁17行ないし19行、10頁17行ないし20行)によれば、引用例記載の発明のカウル6の内部に映像装置8及び音響装置9があり、カウルはファインダ16及び映像装置8を支持するにすぎない。カウル6は、上方に開閉可能なわん状のもので、いわば菅笠のごとき形状のものであり、単に操縦者4の頭頂から目の高さまでを覆う程度のもので、それより下は開放されているので、「視野の遮壁」とはなり得ず、これに加え外界音を遮断しない。外部視野を遮断するのはカウルではなく、上記ファインダであり、外部の音は、音響装置の音で遮蔽されるのであり、カウルで遮音されるのではないことは、引用例の明細書の次の記載から明らかである。

実用新案登録請求の範囲の「外部から視野を遮断して操縦者に操縦環境の映像を見せる映像装置及び外界と遮音して上記映像に対応した音声を発生させる音響装置」との記載、考案の詳細な説明の項の「その内部には、外部から視野を遮断できるようにした映像装置8及び外界を遮音できるようにした音響装置9を設けている。」(5頁5行ないし7行)、「視野を外界から遮断できるようにしたファインダ16」(5頁17行、18行)、「外界音を遮断できるようにしたヘッドホーン21」(6頁17行、18行)の各記載、第1図の、カウル6に映像装置8及び音響装置9が設けられ、映像装置8にはファインダ16、音響装置9にはヘッドホーン21がそれぞれ設けられ、操縦者4はファインダ16に目を当てている記載。

操縦者4は、映像装置8のファインダ16に目を当てて中の映像のみを見ることにより外部の視野から遮断するものであるから、映像を見なければ外部の視野から遮断できず、本願発明のようにリラックスできない。また、ヘッドホーン21で音を聞くことにより外界音を聞こえなくして遮断するものであるから、ヘッドホーンを耳にあてなければ遮音できず、本願発明のようにリラックスできない。

これに対して、甲第3号証の図面の第4A図、第4B図に例示するように、本願発明の遮壁63、74は、下方からの光や音を遮るため座った人6の肩や膝まで垂れ下がっているので、座った人6があお向けに寝て視野が下方に向いても光や音を十分に遮るように長く垂下して、外の光と音を遮断する機能を有している。また、遮壁が下に長く肩や膝まで垂れ下がっているので、座った人6はこれをはねて頭と身体を中に入れて座る。したがって、本願発明は「遮壁」により視野を遮断し、音も遮断することにより、座った人は光も音も遮られてリラックスできる。

被告は、本願発明の特許請求の範囲において、「顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁」とのみ記載され、下に長く垂下している構成及び遮壁それ自体が外界音を遮断する機能を有する格別な構成を備えていないと主張するが、本願発明は、その明細書全体の記載から精神を集中させるものであり、視野の遮壁は音の遮壁ともなり得ることは常識的に自明であり、また、本願発明は、光や音の遮蔽の程度を定めるものではない。

本願発明の「遮壁」は、肩や膝まで深く遮蔽しているため、光も音も遮蔽できるので、精神集中の効果を奏することができ、しかも容易に頭を出入りして座ることができ、輸送中は引き抜き折り畳んでコンパクトとなる。

これに対して、引用例記載の発明の「カウル」は、光も音も遮断できず(特に下方から光と音が進入)、ファインダと音響装置により遮光、遮音するので、静粛のうちに精神を集中する本願発明とは、技術思想も機能も全く異なる。

また、引用例記載の発明のカウルは、上方に開閉するので上方にかなりの空間を必要とするのに対し、本願発明の遮壁は、カウルのように上げる必要がなく、遮蔽した状態で容易に頭を出入りして座ることができる。

以上のとおり、本願発明の「遮壁」は、引用例記載の発明の「カウル」と相違する。

しかるに、審決は、本願発明の「遮壁」は、引用例記載の発明の「カウル」に相当すると誤って認定し、上記のとおりの相違を看過した結果、相違点についての判断を遺脱した。

〈2〉 相違点についての判断の誤り(取消事由2)

審決は、本願発明の取り付け方法は、周知手段(例えば、甲第7号証)から容易に推考し得る程度であると判断したが、本願発明の枠体と挿入棒を一体としたものを62とし、これに、遮壁をぶら下げて片持式に支持する技術手段は甲第7号証に開示されておらず、周知ではない。

なお、乙第1号証に記載されたものは、サンバイザすなわち日除けであり、同第2号証に記載されたものは、ボンネット(風帽)であり、同第3号証に記載されたものは、日覆いであって、これらは本願発明の視野の遮壁である遮蔽物とは異なるものである。

さらに、審決は、両者の構成の相違に基づく格別顕著な作用効果上の差異は認められないと判断したが、甲第4号証3頁記載のように本願発明の遮壁の典型的な材料は布であって、この布であれば、本願発明は、引用例記載の発明のカウルのごときものと異なり、ローコスト、軽量、折畳み可能で輸送容易となし得るから、引用例記載の発明よりはるかに効果がある。

したがって、本願発明と引用例記載の発明との構成の相違点は、甲第7号証記載の周知技術を勘案しても当業者が容易に推考することができないものであるから、審決の相違点についての判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1について

引用例の明細書の考案の詳細な説明の項には「機体1には、操縦者4の座席5の上部において操縦者4の頭部を覆うように開閉可能なカウル6を備えている。このカウル6は、第1図の実線位置と鎖線位置との間で開閉し、さらに伸縮可能な可動式支柱7により操縦者4の頭部位置に合わせて昇降可能にしたもので、その内部には、外部から視野を遮断できるようにした映像装置8及び外界と遮音できるようにした音響装置9を設けている。」(4頁19行ないし5頁7行)と記載され、その作用効果として、「本考案の遊戯用乗り物においては、操縦者の頭部がカウルによって覆われ、操縦者の視野が完全に外部と遮断されると共に、外界と完全に遮音され、」(3頁8行ないし11行)及び「本考案の体感を模擬する遊戯用乗り物によれば、特に操縦者の頭部をカウルによって覆い、操縦者の視野を完全に外部と遮断するようにしているため、音響装置による音響及び車輪の駆動制御による体感が極めて効果的に作用し、非常にリアルな臨場感により、操縦者にあたかもイマジネーションの世界に飛び込んだような感を与えることができる。」(3頁16行ないし4頁3行)と記載されている。

上記の記載及び引用例の第1図によれば、操縦者の頭部がカウルによって覆われており、操縦者の視野がカウルにより外部と遮断されることは明らかであるから、引用例記載の発明の「カウル」は本願発明の「顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁」に相当する。

原告は、本願発明の「遮壁」は遮壁が下に長く肩や膝まで垂れ下がっているため、光も音も遮蔽できるので、精神集中の効果を奏することができ、しかも容易に頭を出入りさせて座ることができ、輸送中は引き抜き折り畳んでコンパクトとなると主張するが、本願発明の「遮壁」については、本願発明の特許請求の範囲では、「顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁」とのみ記載され、遮音の点については、何ら構成の限定はなく、遮壁が下に長く肩や膝まで垂れ下がっている点についても、何ら記載されていない。

以上のとおり、審決の引用例記載の発明の「カウル」は本願発明の「遮壁」に相当するとの認定に誤りはなく、したがって、一致点の認定に誤りはなく、相違点の看過もない。

(2)  取消事由2について

「椅子の背当部に挿入孔を有し、該挿入孔に着脱自在となして他の機能を有する物体を嵌合する」周知技術において、他の機能を有する物体が遮蔽物である場合も含むことは乙第1ないし第3号証から明らかである。

原告主張の、ローコスト、軽量、折畳み可能で輸送容易となし得るとの効果は、本願発明の特許請求の範囲記載の構成に特有の効果ではない。

第4  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由のうち、本願発明の要旨、引用例の記載、相違点(但し、カウルが遮壁に相当するとの点を除く。)及び周知技術(但し、他の機能を有する物体が遮蔽物である場合を除く。)の認定については当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2ないし第5号証(特許願書添付の明細書及び図面、昭和61年8月13日付け、平成3年7月15日付け、平成4年11月4日付け各手続補正書。以下総称して「本願明細書」という。)には、「本発明は、顔前にトンネル状等視野を限定する遮壁を設けて精神を集中する装置である。勉学や研究に於て、思考、計算などのため精神を集中するときには、人間の目は視野が広く耳も雑音をひろうので精神が散漫となって物事に集中できない。本発明は、精神を集中さすものであり、これにより勉学や研究や睡眠の効率を向上することができる。」(甲第4号証1頁9行ないし17行)、「本発明は精神を集中させるための特別な訓練をしなくても誰でも、どこでも容易に精神を集中しうるという著効を有するものである。」(同12頁6行ないし8行)との記載があることが認められる。

3  取消事由について検討する。

(1)  一致点の誤認及び相違点の看過(取消事由1)について甲第6号証(実願昭59-132867号((実開昭61-48786号公報))の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム。引用例)の、「従来、自動車等の運転を模擬するようにした遊戯用の機器として、種々のものが知られている。しかしながら、それらの機器においては、単に操縦者の前方にテレビ画面あるいはスクリーンを配置し、操縦者がそれに映る映像を見ながら運転操作するようにしているに過ぎず、たとえ音響や振動等についての模擬を忠実に行なっても、臨場感に欠けるという問題がある。」(2頁2行ないし9行)、「本考案は、視覚を外界から完全に遮断してリアルな映像を提示することが臨場感を高めるために極めて有効であることに着目し、簡単な手段によってすぐれた臨場感を与えることが可能な遊戯用乗り物を提供しようとするものである。」(2頁11行ないし15行)、「上記技術的課題を解決するため、本考案の遊戯用乗り物は、操縦装置を備え且つ車輪によって走行可能とした機体における操縦者の座席の上部に、操縦者の頭部を覆うカウルを設け、このカウルの内部に外部から視野を遮断して操縦者に操縦環境の映像を見せる映像装置及び外界と遮音して上記映像に対応した音声を発生させる音響装置を設け」(2頁17行ないし3頁4行)、「本考案の遊戯用乗り物においては、操縦者の頭部がカウルによって覆われ、操縦者の視野が完全に外部と遮断されると共に、外界と完全に遮音され、」(3頁8行ないし11行)、「本考案の体感を模擬する遊戯用乗り物によれば、特に操縦者の頭部をカウルによって覆い、操縦者の視野を完全に外部と遮断するようにしているため、音響装置による音響及び車輪の駆動制御による体感が極めて効果的に作用し、非常にリアルな臨場感により、操縦者にあたかもイマジネーションの世界に飛び込んだような感を与えることができる。」(3頁16行ないし4頁3行)、「機体1には、操縦者4の座席5の上部において操縦者4の頭部を覆うように開閉可能なカウル6を備えている。このカウル6は、第1図の実線位置と鎖線位置との間で開閉し、さらに伸縮可能な可動式支柱7により操縦者4の頭部位置に合わせて昇降可能にしたもので、その内部には、外部から視野を遮断できるようにした映像装置8及び外界と遮音できるようにした音響装置9を設けている。」(4頁19行ないし5頁7)、「映像をミラー13、14及び光学レンズ系15により拡大像として、視野を外界から遮断できるようにしたファインダ16を通じて操縦者4に見せるようにしたものであり」(5頁16行ないし19行)、「上記音響装置9は、外界音を遮断できるようにしたヘッドホーン21によって操縦者4に映像と対応する立体音を聞かせるようにした」(6頁17行ないし19行)、「上記構成を有する遊戯用乗り物によれば、操縦者4の頭部がカウル6によって覆われ、操縦者の視野が完全に外部と遮断されると共に、音響装置9によって外界と完全に遮音され」(10頁17行ないし20行)との記載及び第1図によれば、引用例には、顔の前面上方及び側方をおおう「カウル」によって、視野を外界から遮断することにより、操縦者の精神をファインダの映像に集中させ、臨場感を高める装置が開示されていると認められる。

したがって、上記カウルは、操縦者の頭部をおおっており、操縦者の視野を外界から遮断するものであるから、本願発明の「顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁」に相当すると認められる。

そして、上記のとおり、引用例記載の発明は、操縦者の精神をファインダの映像に集中させ、臨場感を高める装置であるから、精神集中装置としての機能も持つものであると認められる。

以上によれば、引用例記載の発明と本願発明とは、「顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁を設けた精神集中装置」である点で一致するものと認められるから、審決の一致点についての認定に誤りはない。

もっとも、原告は、引用例記載の発明の「カウル」は、その内部に映像装置8及び音響装置9があり、外部視野を遮断するのはカウルそれ自体ではなく、上記ファインダ16であり、「カウル」はファインダ16及び映像装置8を支持するにすぎず、単に操縦者4の頭頂から目の高さまでを覆う程度のもので、それより下は開放されているので、「視野の遮壁」とはなり得ないと主張する。

たしかに、引用例の前記記載及び第1図によれば、ファインダ16も視野を外界から遮断する機能を有するものと認められ、また、第1図において、「カウル」は、操縦者4の頭頂から目の高さ位までを覆う程度のものが示されていると認められる。

しかしながら、引用例の、「本考案の体感を模擬する遊戯用乗り物によれば、特に操縦者の頭部をカウルによって覆い、操縦者の視野を完全に外部と遮断するようにしているため、音響装置による音響及び車輪の駆動制御による体感が極めて効果的に作用し、非常にリアルな臨場感により、操縦者にあたかもイマジネーションの世界に飛び込んだような感を与えることができる。」(3頁16行ないし4頁3行)との記載から明らかなように、「カウル」は、視覚を外界から遮断してファインダの映像に視線を集中せしめるために、操縦者の視野を外界から遮断する機能を有していることは明らかであるから、原告の上記主張は理由がない。

原告は、さらに、引用例記載の発明において、外部の音は、音響装置の音で遮蔽されるのであり、「カウル」で遮音されるのではないのに対し、本願発明の「遮壁」は、甲第3号証の図面の第4A図、第4B図に例示するように、下方からの光や音を遮るため座った人の肩や膝まで垂れ下がっているので、座った人があお向けに寝て視野が下方に向いても光や音を十分に遮るように長く垂下して、外の光と音を遮断する機能を有していると主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲には、「遮壁」については、「顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁」とのみ記載され、側方のどのあたりまで垂下するかについては何ら規定されていないのであるから、本願発明は「遮壁」が下に長く垂下している構成を備えているものに限定されているものとは認められず、また、「遮壁」が外界音を遮断する機能を有する格別な構成を備えている旨の記載も認められない。そして、甲第3号証の図面の第4A図、第4B図に原告主張のような構成が開示されているからといって、同図面は、本願発明の一実施例を示すにすぎないから、原告の上記主張は理由がない。

また、原告は、本願発明はその明細書全体の記載から精神を集中させるものであり、視野の遮壁は音の遮壁ともなり得ることは常識的に自明であり、さらに、本願発明は、光や音の遮蔽の程度を定めるものではないと主張する。

しかしながら、視野を遮る構造物が音を遮るとは必ずしもいえないことは明らかであり、本願発明が精神を集中させるものであるからといって、音を遮る機能まで備えることが自明であるともいえず、また、本願明細書の特許請求の範囲において、光や音の遮蔽の程度を定めていなければ、実施例に限定されるということにもならないから、原告の上記主張は理由がない。

また、原告は、引用例記載の発明の「カウル」は、ファインダと音響装置により遮光、遮音するので、静粛のうちに精神を集中する本願発明とは、技術思想も機能も全く異なると主張するが、本願明細書の、第6実施例を示す第15、第16図(甲第2号証)の記載及び「第15図、第16図に示すごとく本発明製品7の前方にスピーカ38を設けた場合、スピーカ38の音は拡散することなく遮壁7で音をひろい」(同第4号証9頁4行ないし6行)、「スピーカ38から精神集中用音楽や効果音を出したり、テレビとして音と映像に集中することもできる。」(同第4号証9頁9行ないし11行)との記載、同じく第7実施例を示す第17ないし第19図(同第2号証)の記載及び「第17図、第18図および第19図は本発明樋状遮壁7の12部分にスピーカ38を設けた本発明実施例」(同第4号証9頁12行ないし14行)との記載、同じく第8実施例を示す第20図(同第2号証)の記載及び「第20図は遮壁7の両側にステレオスピーカ40を設け、遮壁の前方開口に半透明スモーク板26をぶら下げて視野の限定と音により精神集中を高める本発明実施例である。」(同第4号証9頁18行ないし10頁1行)との記載によれば、本願発明において、音や映像に精神を集中することも排除していないことは明らかであるうえ、引用例記載の発明も精神集中装置としての機能を有することは前記のとおりであるから、原告の上記主張は理由がない。

また、原告は、引用例記載の発明のカウルは上方に開閉するので上方にかなりの空間を必要とするのに対し、本願発明の「遮壁」はカウルのように上げる必要がなく、遮蔽した状態で容易に頭を出入りして座ることができ、輸送中は引き抜き折り畳んでコンパクトとなると主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲には、「遮壁」については、「顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁」とのみ記載され、本願発明の「遮壁」の開閉の構成及び「遮壁」が折り畳み可能であるかについては何ら規定されておらず、本願明細書の第3実施例を示す第11図(甲第2号証)の記載及び「第11図は真空成形等により半透明スモークプラスティック等で形成された深いヘルメット27…使用時に27’のごとく上げて頭27を入れて坐り」(同第4号証8頁5行ないし9行)との記載によれば、本願発明の「遮壁」が折り畳み可能でないヘルメットの構成や上方に開閉する構成をも排除するものではないことは明らかであるから、原告の上記主張は理由がない。

以上のとおり、審決の、本願発明の「遮壁」は引用例記載の発明の「カウル」に相当するとの認定は誤りであるとの原告の主張は理由がない。

(2)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

原告は、本願発明の枠体と挿入棒を一体としたものとし、これに、遮壁をぶら下げて片持式に支持する技術手段は周知ではないと主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲には、「背当部に着脱自在の枠体に、顔の上方をおおい、側方で垂下する視野の遮壁を設け」と記載され、遮壁が背当部に着脱自在の枠体によって取り付けられている構成のみ規定され、「遮壁」の「枠体」に対する具体的な取付け方法あるいは「枠体」の「背当部」に対する具体的な取付け方法については何ら規定されておらず、本願明細書には、本願発明において、枠体と挿入棒を一体としたものとし、これに、遮壁をぶら下げて片持式に支持する方法に限定されると認められる記載は認められない。

さらに、「椅子の背当部に挿入孔を有し、該挿入孔に着脱自在となして他の機能を有する物体を嵌合する」技術が周知であることは当事者間に争いがないところ、原告は、他の機能を有する物体が遮蔽物である場合は、周知でないと主張する。

しかしながら、乙第2号証(実公昭50-6492号公報)及び第3号証(実公昭10-15585号公報)によれば、他の機能を有する物体が遮蔽物である場合において、「椅子の背当部に挿入孔を有し、該挿入孔に着脱自在となして他の機能を有する物体を嵌合する」技術が周知であると認められる。

原告は、乙第2号証に記載されたものは、ボンネット(風帽)であり、同第3号証に記載されたものは、日覆いであって、これらは本願発明の視野の遮壁である遮蔽物とは異なるものであると主張するが、同第2号証に記載されたヘアードライヤーのボンネットは熱風がボンネットの外側に漏れないよう遮蔽するものであり、同第3号証に記載された日覆いは日光を遮蔽するものであるから、本願発明の本願発明の視野の遮壁と同様の機能を有するものと認められる。

そして、本願発明における遮壁の背当部への取付け方法が枠体によるのに対して、引用例記載の発明はこれが一体的に取り付けられている点で構成が相違するものの、両者間にかかる構成の相違に基づく格別顕著な作用効果上の差異は認められない。

さらに、原告は、甲第4号証3頁記載のように本願発明の「遮壁」の典型的な材料は布であって、本願発明は、引用例記載の発明の「カウル」のごときものと異なり、ローコスト、軽量、折畳み可能で輸送容易となし得るから、引用例記載の発明よりはるかに効果があると主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲には、「遮壁」の材料について規定されていないと認められ、原告主張の、ローコスト、軽量、折畳み可能で輸送容易となし得るとの効果は、「遮壁」の材料として布を用いた場合に奏する効果であるから、本願発明の特許請求の範囲記載の構成に特有の効果とは認められない。

以上によれば、本願発明と引用例記載の発明との相違点は、上記周知技術の存在を勘案すれば、当業者が必要に応じて容易に推考し得る程度のものと認められ、審決の相違点についての判断に誤りはない。

4  以上のとおり原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面 1

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 2

〈省略〉

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例